大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)491号 判決 1965年12月15日
理由
本件における唯一の争いは、控訴人が訴外柴田慶一から裏書譲渡をうけて現に所持するその主張の約束手形が控訴人の振出にかかるものであるかどうかの点に存するので、この点について検討する。
被控訴人は右事実を立証するための証拠として甲第一号証(本件約束手形)を提出するが、同号証の振出に関する部分は控訴人においてその成立を否認するところである。もつとも、同号証の振出人欄の控訴人名下の印影が控訴人の印影であることは争いがないので、他に特段の事情が認められないかぎり、右の印影はその本人の意思に基づいて押捺されたものと推定するのが相当と考えられるが、原審ならびに当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は従前本件手形の控訴人名下の印影と同じ刻印の印章を所持しており、印箱に入れて控訴人方の事務所に置いて日常の使用に供していたが、昭和三四年頃にそれが紛失したこと、その頃同業者で甲一号証の手形の受取人になつている柴田慶一がたびたび控訴人方へ出入りしていたこと、控訴人は被控訴人から本件手形金の支払請求をうけたが振出のおぼえがなかつたので柴田に詰問したところ同人は控訴人に対して謝罪し何とか自分の手で解決すると弁明していたことなどの事実を認めることができるのであつて、これらの事実からすれば前記控訴人名下の印影は柴田が控訴人の印章を勝手に押捺したものではないかとの疑をいれる十分の理由があるので、かかる事情の下では上叙の如き推定を用いる余地は全くないものといわねばならない。その他被控訴人の援用にかかる証人俵原勝一の証言ならびに被控訴人本人尋問の結果によるも上叙認定を覆えして甲一号証の振出部分の真正に成立したことを認めるには足りない。
そうすると、控訴人が本件約束手形を振出したとの被控訴人主張事実については、ついにこれが立証を得られないことに帰するので、被控訴人の本訴請求はすでにこの点において排斥を免れず、これを認容した原判決は失当である。